平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

息子の趣味が乙女で―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

男なのに可愛いものが好きだなんて

「最近、次男の趣味が乙女っぽくなってきてるんです」

蜜さんが副社長にそんな話を投げかけた。周りには、私と、副社長と、社長しかいない時だった。

「自分で選ばせると、淡い色使いのものとか、ふわふわしたものを選ぶんです」

蜜さんは困ったような声色で続ける。どうして、何に困っているんだろうと思いつつ、基本的に話を振られない限り雑談に参加しない寡黙OLは黙ってPC画面を見つめる。

「それはちょっと…危険だね。注意して見ておかないと」

私はここで初めて気が付いた。この人たちにとって、男が可愛いものを好きであるという状態は、矯正すべき悪なのだと。会話に加わった社長が続いて言う。

「そのうち男が好きとか言い出しかねないぞ」

副社長も蜜さんも、その言葉を受け入れて神妙な顔をしている。やはりここでもそれが出てくるのか。昭和アットホーム企業における深刻な問題だ。と思っているのは、きっとただの派遣社員である私だけなのだが。

「やっぱりそうですよね。だから、私から与えるものは黒とかカッコいいものにしてみてるんですけど…」

そうなるか。それによって正しい道に誘導しているような感覚なのか。出来の悪い教材Aを好んで学習に励んでいる人に、「あなたにはこっちの方が合うんじゃない?」と優秀な教授が作った教材Bを提供するような、そんな感覚、おそらく善意。しかしそれは愛すべき息子の個性や趣味を否定することになるのではないか。私は突然不安になる。

「ねぇ、エモトさんどう思う?可愛いものが好きな男の子って」

この時ばかりは、”来た!”と思った。初めて自分に話が振られるのを待っていたような気がする。

「全然気になりません、別に普通だと思います」

私は勝手な使命感に燃えていた。蜜さんにこう言えるのはその場で私ただ一人だった。出来れば職場の人間関係に食い込みたくはないが、蜜さんの息子である思春期の男の子が、好きなものを好きと言えずに暮らしていくことを考えると何故か胸が詰まるのだ。

蜜さんには夫がいないから、その男の子の”親”は蜜さん一人だ。蜜さん一人の考え方が、その子の人生を変えてしまう。その蜜さんが、昭和アットホーム企業の空気に浸されて、ありもしない”危険”に怯えるなんてあんまりだ。彼は令和を生きていくのだ。

「高校時代の同級生にも可愛いものを身につけている男の子はいたけど、私は何も思いませんでしたし、周りの皆も同じだったと思います。むしろ、その子は同じような趣味の友達と楽しそうに過ごしていたので、羨ましかったですよ」

いつもより多めに紡いだ言葉で私の気持ちが伝わったかどうかは分からないが、「エモトさんがそう言うなら、そうなのかもしれない。ちょっと安心した」と、蜜さんは微笑んだ。

しばし私の心は”可愛いものが好きな男の子”になる。目の前にある淡い色でふわふわしたものを指さして、「これ可愛い!」と声を上げる。「えー、そんな女の子みたいなものやめなよ。こっちの黒くてカッコいいののほうがいいよ」と母が言う。胸が痛んで涙が出そうだ。

「見て、これ可愛い!」「ほんとだ、可愛いね。ほら、こっちもどう!?」そんな心弾む親子の会話が、女の子だけに許されるものであっては寂しいと思う。いや、この会話の”可愛い”に何が当てはまっても、それを言うのが男でも女でも関係ないのだ。肉親に個人の好みを否定されるようなことは出来ればあって欲しくない。

蜜さんはこれからも彼に黒いものを与え続けるのかもしれない。だとしたら、彼の周りに一人でも、彼の趣味を理解してくれる友達がいたらいいなと思う。いったいお前は何様だと言われても、なぜか願わずにはいられない。

母と夫に聞いてみた

蜜さんは40代後半の女性だ。”息子の趣味が乙女チックだ。ゲイかもしれない。どうにかしなきゃ”という感覚は、世代によるものなのか?という疑問を少しでも晴らすべく、52歳になる私の母に聞いてみた。

「お母さんは、同性愛についてどう思う?」

「差別したりはしないね。例えばモエが男として生きたいって言っても、受け入れようと思ってたよ」

あれ…私は母に、”この子は男として生きるかもしれない”という予感を抱かせたことがあったのか…?まあ、こんな私の母だから、おおかた”もしこうなったら…”という想像上でのことだろうとは思うが。

何はともあれ、蜜さんより年上の女性である母は性別に対して、昭和アットホーム企業のような差別的な感覚は無いのだ。こういうものは年齢や世代ではないということだ。やはり、環境だろうか。機会があれば、私の祖父母にも聞いてみたいところだ。

そして、件の会話があった夜、夫であるヒロに「こんな話があった。なんかモヤモヤする」と、とりとめもなく話してみると、彼はこう言った。

「放っておいたらいいのに。親が制限なんてしたら、反動がついて余計に趣味が偏りそうだけどね」

私の周りには、私と同系の考え方をする人間が集まっている。とても幸福で穏やかでありがたいことだと思う。

そして昭和アットホーム企業には、そうでない人たちが集まっている。彼らも私のような人間が飛び込んで来なければ穏やかで楽しいのだろう。

私がちょっと多めに喋ったところで、昭和アットホーム企業のLGBT差別的な風潮は消えない。蜜さんを”ちょっと安心”させただけで、私の出番は終わった。その日以来、息子さんの趣味の話は聞いていない。

締めの宣伝

私、幼少期は男勝りで活発なタイプだったエモトモエ。今回も私が歌担当として活動する”めおとロックバンド”ヌレセパの曲を懲りずに紹介させていただこう。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー006『インドア派』。外出たくない!家が一番!という気持ちをポジティブに歌うロックな1曲だ。外出自粛を叫ばれる今、自室で心置きなく聴いてほしい。ちなみに、この曲はJOYSOUNDでカラオケ配信中だ。今は家で聴き込んで、コロナ騒動収束の後には是非カラオケで歌ってほしい。