平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

法被で踊るお正月―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

直視できない三・三・七拍子

昭和アットホーム企業の新年初営業日には、たくさんの人が挨拶に来た。取引先ごとに、「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」を言いに来る。そうすると、運転手以外の一人一人にグラスに注がれた樽酒が振る舞われるので、彼らはそれを飲み干すのだ。もし、挨拶に行った先々で同じようにお酒を飲まされるのなら、本当に大変なことだと思う。

「どうも、ああいや、ありがとうございます、近頃は~」なんてフランクに雑談をして帰っていくところもあれば、「では、ご挨拶を」と、白い紙を広げて校長先生のように読み上げるところもあった。

「では、ウチの若いのが…」

「やらせていただきますッ!」

それがどういう風に始まったのか、よく覚えていない。確かこんな風に、私よりもいくつか年上に見える男の人が大きな声で宣言したと思う。

彼は首からホイッスルを下げ、青い法被を羽織り、両手に扇子を持っていた。そして大きく息を吸ったかと思うと、こう叫んだのだ。

「三・三・七拍~~~子!!!!!」

私は中学校の運動会の応援団を思い出していた。もっと声を張れ!としごかれて限りを尽くしたような、そんな声が、昭和アットホーム企業の狭いフロアに響いて、私は息苦しくなった。

副題の通り、私はなぜかそれを直視できなかったので、どんな風に動いていたのか具体的には説明できない。ただ、耳にはホイッスルの音と、ザバッ、ザバッ、という法被が張ったり緩んだりする音が流れ込んできていた。

ピッピッピッ ピッピッピッ ピッピッピッピッ ピッピッピッ

両手に持った扇子が視界の端でチラチラと動く。腰を低くして、手首まで使って、その男の人は全力で踊っているのだった。

ピーーーーーーーーーーーッ

「ありがとうございましたーッ!」

パチパチと拍手が起こる。周りに合わせて私も自分の手のひらをたたいた。踊らせていただいたことにありがとうと言っているのか。

「ええもん見せてもらったわ~」

関西訛りの伊東さんが言った。人を楽しませたい人=彼と、それを楽しみたい人=その他 という構図ということか。これを見て、私以外は楽しいとか面白いとかいう気持ちになって、”ええもん”を見たという感想になるのか。

もしもあの男の人が、人を楽しませるのが大好きで、喜んで踊っているのだったら素敵なことだが、「ウチの若いのが」という言葉が引っかかってどうもうまく飲み込めない。新人がやる決まりだから、取引先のおじさん達を楽しませないといけないから、そんな理由でやらされているのだとしたら、やり切れない気持ちになる。

彼が踊っているとき、私の心は”嫌なのに踊らされている人“の心になっていて、早く終われ早く終われと唱えていたのだ。こんなものになんの意味があるのか。誰も見るな、早く終われと。

結局、伊東さんが「ええもん見させてもらったわ~」と言ったくらいで、その踊りについては終了した。”お正月に踊りに来る会社”と私たちに印象付けるのが目的だったのだろうか。営業って大変だな。私には絶対にできない。

私はなんとなく、あの男の人が、帰って美味しいご飯を食べて、ぐっすり眠れたらいいなと思った。

本物の鏡開き

覚えているだろうか、前回の記事の冒頭で説明した大きな鏡餅のことを。あれは、次々注がれて空になっていく樽酒の隣に、ただただ佇んでいた。

そしてお正月から数日経った頃のこと。

「お餅あるから、持って帰ってね。打ちたてだから柔らかくて美味しいよ」

馴染みのないシチュエーションだったので、本当に”打ちたて”と言ったかは定かではない。餅屋が来て、あの大きな鏡餅を”打っ”て、柔らかくして四角く切りそろえてくれたらしい。私が初めて経験した本物の鏡開きだった。

そのままでも食べられる柔らかさだと聞いたので、家に帰って醤油をつけて食べてみたら、あんみつなどに入っている求肥のような食感で、すごく美味しかった。10切れくらいが入ったパックでいただいたのだが、焼いても汁物に入れてもふわふわでとても美味しく、すぐに無くなってしまった。

締めの宣伝

『平成寡黙OL@昭和アットホーム企業』も10記事目を迎え、締めの宣伝の導入部分のバリエーションに悩む今日この頃だ。今回も私が歌担当として活動する”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこをもっちり紹介しようと思う(もうよく分からなくなってきている)。

さて、今回紹介するのは㎹ごっこナンバー010『そんな気分じゃないのに』。ずんちゃっずんちゃっという軽やかなリズムに乗せて、なんとなく”あーあ”みたいな気持ちを独り言のように歌う曲だ。

何か強いメッセージを持って引っ張り上げるでもなく、没頭できるような世界観に誘い込むでもなく、ちょっと疲れたときに両手で抱くクッションのような、素朴でちょっと暖かい歌だと思っている。