平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

下の名前で呼ばないで―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

結局は距離感の好み

私は昭和アットホーム企業で、苗字に”さん”付け、つまり「エモトさん」と呼ばれている。しかし一度、それが覆されそうになったことがある。

”エモト”って他の人の苗字と語感が似ていて紛らわしいなーとか、”モエ”って呼びやすい名前だよねーとか、そういう類の話を柴田さんと藤森さんがしていたのを、「そうですかねー」という調子で流したことがあった。そしてその数日後、事件は起こった。藤森さんがいつものように私に仕事を振るとき、こう言ったのだ。

「モエちゃん、これよろしく」

あーーーやっぱりかーーー。これが最初の気持ちだった。そっかーちょっと匂わせてたもんね。モエちゃんって呼びたかったんだねー。

そしてもれなく不快感も訪れた。呼び方なんてどうでもいいことなのかもしれないが、なぜか私は許容できないのだ。

そういえば高校生のときも、こんなことがあった。

私が通った高校は一部の授業が選択制で、私は自由選択科目の一枠に「映像メディア表現」という講座を選んでいた。当時は自分が20歳をこえてからオリジナルMVを取りまくることなど知る由もなく、ただ面白そうだったからという理由で取ったものだった。

特殊な科目ということもあり、その授業は外部の講師を招いて進められた。そしてその授業を受ける生徒は、内容の性質のせいか演劇部の女子部員が大半を占めていた。

演劇部同士は趣味も合うのか大変仲が良く、そしてノリもよく、20代前半の男性講師にも積極的に絡んでいて、講師もまんざらでもない様子でふざけ合っていた。私は講師のパーカーの柄にツッコミを入れるようなハイテンションな生徒ではなかったため、そのやり取りを遠目に見ながら、いたって真面目に授業を受けていた。

講座の内容はMVを作ったり、ショートムービーや映画を撮ったりと大変面白く、半年かそれ以上は平和に授業が進められていったのだが、ある日突然、私はその授業に出ることが難しくなる。

その日の授業が始まる際の点呼で、講師が生徒全員を下の名前で呼び捨てにしたのだ。当然私は、「モエ!」と呼ばれた。

それまではもちろん“エモトさん”という生徒として授業を受けていたのに、突然のことだった。大ショックを受けた私とは裏腹に、演劇部の生徒たちはそれを受け入れ、講師の事も名前で呼ぶようになっていたと思う。私もしばらくは空気に慣れようと頑張って出席してみたものの耐えられず、つい一度授業をすっぽかすと、その後は二度と出席できなくなった。

「名前で呼ぶのはやめてください」

あの時そう言えていたら、自分が大きなマイクを担いで音声を収録した、そして自分自身もちょっとだけ出演したあの映画の完成を最後まで見届けられたのかなぁ。月一でMVの出演・収録・編集をこなすようになった今、時々思い出してしまう過去だ。

そして、18歳で得たこの経験を教訓とし、23歳になった私は、冒頭の藤森さんに対して咄嗟にこう返した。

「エモトでお願いします」

それ以来、藤森さんから”モエちゃん”と呼ばれることはなくなった。私はたぶん、一度失敗しないと思う通りには振る舞えない人間だ。あの時の後悔が、現在の私を救ったのだ。当時の私には、”ありがとう、無駄にはしないから大丈夫だよ”と伝えたい。

ところで、昭和アットホーム企業の別の課に30代の男性がいて、時々こちらの課に用事があると、ニコニコしながら「モエちゃんおはよう~♪」と声を掛けてくる。雨すごいねぇ~とか、マスク足りてる~?とか、そういう世間話が続くので、こちらも一言二言応じると、「じゃあね~」と去っていく。私はなぜかこの人に対して「エモトでお願いします」という気持ちにはならない。

結局私は、呼び方がどうとかより、こちらの意思に反して距離を詰められるのが苦しいらしい。呼び捨てにされたり、少しばかり馴れ馴れしい態度を取られたりしても、実際の関わり方が許容範囲内であれば何とも思わないのだ。

そしてその許容範囲は、相手の性質によるところも大きい。度重なる差別的発言や飲み会での様子を見たせいで、私は藤森さんと仲良くなることを決して望むことはできないのだ。だから、仲良くなりたいという気持ちが見え見えの”モエちゃん”呼びに拒絶反応が出たのだと思う。逆に、別の課の男性については、モエちゃんと呼ばれはするが、害のない会話をほんの少ししただけでニコニコと去っていく態度にはむしろ好感を持っているので、不快な気持ちになることはない。

本当だったら、全員平等に”エモトさん”と呼んでもらって、不公平感を消し去りたいところだが、その人にはもう気付かないうちから”モエちゃん”と呼ばれていたので、タイミングを失ってしまった。藤森さんが、どうして俺はだめなの?なんて思っていないことを願う。

締めの宣伝

この記事を読んだりTwitterを見たりしてくれている皆さんには、下の名前で呼ばれたい。そんな私が歌担当として活動する”めおとロックバンド”ヌレセパ(さすがにもう覚えた?)のMVごっこを宣伝する時間だ。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー012『いいじゃん』。サビのメロディーがキャッチーで、ヌレセパの口ずさみたい曲上位に入るナンバーだ。タイトル通り肯定的であっけらかんとしたポップな曲になっている。なにか励ましが必要な時にぜひ聴いてほしい。