平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

意外な人から、まさかの獺祭―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

衝撃の餞別

「ごめんな、俺、最終日はどうしても来られないんだ」

5月末で退職する私が昭和アットホーム企業へ出勤するのも残すところあと2日 という時、伊東さんが私のもとに近づいて来て、本当に残念そうな声でこう言った。

ちなみに、初回に記載した伊東さんの紹介は次の通りだ。

60代後半の男性。いつも関西訛り。35歳の娘さんがいる。違う課の社員だが席が背中合わせの位置で、時々話しかけてくれる。また、私の事をよく気にかけてくれている。偽名はぽてっとしたフォルムや顔の形が与える印象が伊東四朗さんに似ていることから。

「だから今日が最後だ。今までありがとうな」

同じ課の人物ではないので、今までこのブログで伊東さんが登場する回は少なかった。しかし、この伊東さんは、実は私の事を一番気にしてくれていたような気がする。

私が昭和アットホーム企業に入社して数か月経った頃だろうか。私と、私の上司である藤森さんがいるところに来て、少し大きめの声でこう言い放ったことがある。

「おい藤森くん、もっとエモトさんに仕事を与えろよ!?いつもすることも無いのにじっと背筋伸ばしてパソコン眺めてて、可哀想じゃないか!なあ毎日が48時間くらいに感じるだろ、エモトさん?こんなんじゃすぐ病気になっちゃうよ、俺心配なんだよ。藤森、お前はちゃんと自分の仕事をしなきゃダメだよ!」

実はこれより前にも、伊東さんは私にこう話しかけてきたことがある。

「エモトさんは仕事が早くてすぐ終わっちゃうんだな、優秀だな。会社には3割くらい暇な人がいるもんなんだよ。その3割くらいの暇な人が、会社には必要なんだよ」

確かに昭和アットホーム企業での私の仕事は少なかった。私の というよりは、同じ課のメンバー全員が、キャパシティーに余裕がある状態のようだった。そしてその業務の何割かが私に振られ、自分で言うのもなんだが他より倍以上のスピードで終わらせてしまうので、常に時間を持て余していた。

実際のところ、私は前職の寡黙IT企業時代から”暇な時間”とは仲良しで、背筋を伸ばしてパソコンを眺めている間にも給料が発生するなんてラッキー!というタイプだったので、病気になることはなかったのだが、伊東さんはそんな私を見て、暇を苦痛に感じているのではないかと常に心配し、声を掛けてくれていたのだ。私の机にたくさんの資料が乗っていると、「お、今日は仕事があって楽しそうだな」と笑いかけてくれたことも何度もある。

率直に言うと仕事なんて無ければ無い方が良い と思っていた私でも、伊東さんの暖かい気遣いには感謝せざるを得なかった。

そんな伊東さんと話すのも、今日が最後か。私は思いがけず寂しい気持ちになり、伊東さんに感謝の気持ちを伝えた。すると伊東さんは、「それでさ…、ちょっと、こっちに」と私をフロアの外へ誘導したのだ。

何か言いにくい話をされるのか…?と、私は上階の会議室に連行されることを覚悟したのだが、なぜか行く先は1階、会社の出口だった。

「今はコロナでさ、送迎会も何もしてやれないから…」

そう言いながら移動する伊東さんに、訳も分からず付いて行くと、近所の酒屋(年末に樽酒を注文する酒屋だ)に到着した。

「旦那も酒飲むんだろ、好きなの選んでくれ」

私は伊東さんの背後に隠れるようにして、口が開かないように注意しながら、誘導された先にある大きな棚を見上げた。並んでいるのは、日本酒の一升瓶だ。

「小さいのもありますけども…」と言う酒屋のおばあちゃんに対し、「いや、一升でいい」と伊東さんは即答していた。

「アッデモ、日本酒どれがおいしいかとか分からなくて…」

私は相当しどろもどろになっていたと思う。実はこれは苦手なパターンだった。値札の見える状態で、「好きなものを選べ」という場面は、相手が親でも緊張してしまう。正解は!?正解はどれだ!?と、パニックになる。

私がおたおたしていると、伊東さんがスッと1つの瓶を指さして、「これなんかどうだ」と言った。選ばれたのは、かの有名な獺祭であった。実はその棚の中で、私が名前を知っている日本酒はその1つのみだった。

「それなら知ってます、有名なやつですよね!」

そして高くて、すごくおいしいっていうやつですよね!!!というのは心の中に留めつつ、私は精一杯言葉を発した。結果的に獺祭の一升瓶は、伊東さんの手によってサラリと酒屋のおばあちゃんの手に渡り、持ち帰り用の袋へと収まった。

「払っておくから、仕事終わったら取って帰りな。さすがに今上に持って行くのはおかしい感じになるからな!」

「あ、ありがとうございます!」

「辞めるって聞いたからビックリしたんだよ」

「すみません、急な話になってしまって」

「でもまあ、そんな感じはしてたな(笑)」

伊東さんはそう言って笑うのだった。

「もうこれくらいしか出来ないから。旦那と仲良くな」

伊東さんと話す時間は、昭和アットホーム企業で過ごしていく中で断トツに心が温まる時間だったな、と私は感慨に耽った。

「重たいですよ」と心配する酒屋のおばあちゃんから一升瓶の入った袋を受け取り、意気揚々と帰宅した私は、まだ在宅勤務時間中である夫のヒロに、どでかい獺祭を突き出した。ヒロも嬉しそうな顔をした。

1.8リットルの獺祭はとてもおいしくて、1週間もしないうちに消えてしまった。旦那と仲良くいただきました、伊東さん。どうもありがとうございました!

締めの宣伝

瀕死状態で更新しているブログだが、忘れずに宣伝していこうと思う。酒好き夫婦で活動している”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこを紹介するお時間だ。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー015『カルミア』。”5月になったら太陽は高く”という歌詞で始まる通り、初夏のさわやかな季節に合う曲だ。たまたま5月中に紹介できることを嬉しく思う。

まだまだコロナの影響で、歓送迎会を無邪気には開けない状況が続くが、閉鎖的な気持ちになってしまいそうな時にはこの曲を聴いて前向きになってほしい。