意外な人から、まさかの獺祭―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

衝撃の餞別

「ごめんな、俺、最終日はどうしても来られないんだ」

5月末で退職する私が昭和アットホーム企業へ出勤するのも残すところあと2日 という時、伊東さんが私のもとに近づいて来て、本当に残念そうな声でこう言った。

ちなみに、初回に記載した伊東さんの紹介は次の通りだ。

60代後半の男性。いつも関西訛り。35歳の娘さんがいる。違う課の社員だが席が背中合わせの位置で、時々話しかけてくれる。また、私の事をよく気にかけてくれている。偽名はぽてっとしたフォルムや顔の形が与える印象が伊東四朗さんに似ていることから。

「だから今日が最後だ。今までありがとうな」

同じ課の人物ではないので、今までこのブログで伊東さんが登場する回は少なかった。しかし、この伊東さんは、実は私の事を一番気にしてくれていたような気がする。

私が昭和アットホーム企業に入社して数か月経った頃だろうか。私と、私の上司である藤森さんがいるところに来て、少し大きめの声でこう言い放ったことがある。

「おい藤森くん、もっとエモトさんに仕事を与えろよ!?いつもすることも無いのにじっと背筋伸ばしてパソコン眺めてて、可哀想じゃないか!なあ毎日が48時間くらいに感じるだろ、エモトさん?こんなんじゃすぐ病気になっちゃうよ、俺心配なんだよ。藤森、お前はちゃんと自分の仕事をしなきゃダメだよ!」

実はこれより前にも、伊東さんは私にこう話しかけてきたことがある。

「エモトさんは仕事が早くてすぐ終わっちゃうんだな、優秀だな。会社には3割くらい暇な人がいるもんなんだよ。その3割くらいの暇な人が、会社には必要なんだよ」

確かに昭和アットホーム企業での私の仕事は少なかった。私の というよりは、同じ課のメンバー全員が、キャパシティーに余裕がある状態のようだった。そしてその業務の何割かが私に振られ、自分で言うのもなんだが他より倍以上のスピードで終わらせてしまうので、常に時間を持て余していた。

実際のところ、私は前職の寡黙IT企業時代から”暇な時間”とは仲良しで、背筋を伸ばしてパソコンを眺めている間にも給料が発生するなんてラッキー!というタイプだったので、病気になることはなかったのだが、伊東さんはそんな私を見て、暇を苦痛に感じているのではないかと常に心配し、声を掛けてくれていたのだ。私の机にたくさんの資料が乗っていると、「お、今日は仕事があって楽しそうだな」と笑いかけてくれたことも何度もある。

率直に言うと仕事なんて無ければ無い方が良い と思っていた私でも、伊東さんの暖かい気遣いには感謝せざるを得なかった。

そんな伊東さんと話すのも、今日が最後か。私は思いがけず寂しい気持ちになり、伊東さんに感謝の気持ちを伝えた。すると伊東さんは、「それでさ…、ちょっと、こっちに」と私をフロアの外へ誘導したのだ。

何か言いにくい話をされるのか…?と、私は上階の会議室に連行されることを覚悟したのだが、なぜか行く先は1階、会社の出口だった。

「今はコロナでさ、送迎会も何もしてやれないから…」

そう言いながら移動する伊東さんに、訳も分からず付いて行くと、近所の酒屋(年末に樽酒を注文する酒屋だ)に到着した。

「旦那も酒飲むんだろ、好きなの選んでくれ」

私は伊東さんの背後に隠れるようにして、口が開かないように注意しながら、誘導された先にある大きな棚を見上げた。並んでいるのは、日本酒の一升瓶だ。

「小さいのもありますけども…」と言う酒屋のおばあちゃんに対し、「いや、一升でいい」と伊東さんは即答していた。

「アッデモ、日本酒どれがおいしいかとか分からなくて…」

私は相当しどろもどろになっていたと思う。実はこれは苦手なパターンだった。値札の見える状態で、「好きなものを選べ」という場面は、相手が親でも緊張してしまう。正解は!?正解はどれだ!?と、パニックになる。

私がおたおたしていると、伊東さんがスッと1つの瓶を指さして、「これなんかどうだ」と言った。選ばれたのは、かの有名な獺祭であった。実はその棚の中で、私が名前を知っている日本酒はその1つのみだった。

「それなら知ってます、有名なやつですよね!」

そして高くて、すごくおいしいっていうやつですよね!!!というのは心の中に留めつつ、私は精一杯言葉を発した。結果的に獺祭の一升瓶は、伊東さんの手によってサラリと酒屋のおばあちゃんの手に渡り、持ち帰り用の袋へと収まった。

「払っておくから、仕事終わったら取って帰りな。さすがに今上に持って行くのはおかしい感じになるからな!」

「あ、ありがとうございます!」

「辞めるって聞いたからビックリしたんだよ」

「すみません、急な話になってしまって」

「でもまあ、そんな感じはしてたな(笑)」

伊東さんはそう言って笑うのだった。

「もうこれくらいしか出来ないから。旦那と仲良くな」

伊東さんと話す時間は、昭和アットホーム企業で過ごしていく中で断トツに心が温まる時間だったな、と私は感慨に耽った。

「重たいですよ」と心配する酒屋のおばあちゃんから一升瓶の入った袋を受け取り、意気揚々と帰宅した私は、まだ在宅勤務時間中である夫のヒロに、どでかい獺祭を突き出した。ヒロも嬉しそうな顔をした。

1.8リットルの獺祭はとてもおいしくて、1週間もしないうちに消えてしまった。旦那と仲良くいただきました、伊東さん。どうもありがとうございました!

締めの宣伝

瀕死状態で更新しているブログだが、忘れずに宣伝していこうと思う。酒好き夫婦で活動している”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこを紹介するお時間だ。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー015『カルミア』。”5月になったら太陽は高く”という歌詞で始まる通り、初夏のさわやかな季節に合う曲だ。たまたま5月中に紹介できることを嬉しく思う。

まだまだコロナの影響で、歓送迎会を無邪気には開けない状況が続くが、閉鎖的な気持ちになってしまいそうな時にはこの曲を聴いて前向きになってほしい。

【最終回?】ランチ行けず、高級焼肉弁当を配布―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

割としっかり密を回避

「エモトさんこの日来るでしょう?6,000円の焼肉弁当食べない?」

緊急事態宣言が出てから2週間、ローテーション勤務をしているためにスカスカな状態のフロアで、副社長からのお誘いはクリアに耳に入ってきた。蜜さんが楽しそうに続ける。

「社長が奢ってくれるって!昨日いた人たちではね、2,500円のお弁当を食べたんだけど。30日はエモトさんもいるから、6,000円のにしようって言ってるの」

いつかの記事で紹介したように、昭和アットホーム企業では毎日お昼前になると、社長が皆を引き連れてランチを食べに行っていた。しかし近頃は3蜜を避け、お弁当を買ってきて、窓を開け放った社内のデスクで食べているらしい(…らしい、という表現でお分かりのように、私は相変わらず徒歩圏の自宅に帰って食事をとっている)。

出社日を極力削減して職場を回しているので、私含むいつものメンバー6人中の、2~3人しか出社しない毎日が続いている。月末は業務が多いため珍しく5人が出社予定なので、そこを狙った計画なのだろう。

「だからさ、その日は家に帰らないで、ここでエモトさんも食べようよ」

「なかなか自分じゃ手を出せないよね、6,000円なんて!」

この日は私以外に副社長と蜜さんしかいなかった。なんだか二人だけで盛り上がっているようにも見えるが、社長も乗り気なのだろうか。6,000円あれば100円マックが54個食べられる。サイゼリヤで二人で豪遊できる。安い居酒屋でたくさん飲める。そんな金額の焼肉弁当…どんなだろう。

こういう風に、事前にランチのアポが取られることは前にもあった。前回は確か、年末に近所のちょっとお高い天ぷら屋さんを予約するからエモトさんも一緒に、というお誘いで、その時も支払いは社長もちだった。

一般庶民(しかもちょっとケチなほう)の私には、社長という役職の人の金銭感覚がわからないけれど、社員や身近な人に、楽しいとか美味しいとかいう思いを定期的にさせてあげたい…みたいな試みなのだろうか。

「じゃあ、せっかくなのでそうします」

私が30日のお誘いを承諾すると、副社長と蜜さんはすごくうれしそうな顔をした。実は、副社長は蜜さんの次に好ましく思っている登場人物だ。二人が楽しそうなので、私の気分も少し上を向いた。


「おれしじみにしようかな。蜜ちゃんは、あおさ?」

当日、昼前の時間になると、社長が「食事に行こう」の代わりにみそ汁の具を聞いて回っていた。焼肉弁当を注文してはいるが、それとは別にカップの味噌汁もご馳走してくれるらしい。

「なめこにします、私買ってきますよ。エモトさん何がいい?とうふとか、豚汁もあるよ」

蜜さんは私からも回答を得ると、その場にいない人の具は何にしよう~、と言いながら去っていった。

ゴールデンウィーク期間であるうえに、外出自粛のためレストランでの外食が出来ないからか、お店が相当忙しいらしく、焼肉弁当は予定の時間を過ぎてもなかなか運ばれて来なかった。

「いつだったかなぁ~、藤森クンが注文した弁当が来なかったことがあってさ、20人分!あの時は焦ったよなあ~」

「あれはお店が忘れてたんですよ、ボク悪くないです。っていうかもう10年以上前の話じゃないですか!」

昭和アットホーム企業には、仕事の内容以外にも社員の間で共有されている記憶が多い。長く勤めているということもあるのだろうが、ここに来て2年ほどの柴田さんに対しても、”これ懐かしいよね、一時期はさぁ~”というような絡み方をしているのを見ることがある。

彼らにとっての職場のメンバーは、”毎日おしゃべりを交わすくらい仲の良いクラスメイト”のような感覚なのだろう。そしてそこに私のことも含めていてくれているようだが、私は気が合わないので図書室で本を読んでいたいと思っている。

ここで、仲良くすること…例えば一緒にご飯を食べることなどを強要されてしまっては困るが、そうでないのがこの昭和アットホーム企業の良いところだ。陰でどう言われているかは知らないが、表立って嫌われているような空気はない。

話が逸れたが、結局焼肉弁当は12時40分に到着した。ぜひ一緒にと言われたくらいだからそれなりの会話でも発生するのかと思っていたが、ウイルス対策を意識してのことなのか、「おいしいね」などと一言二言交わしたのみで、皆静かに味わって食べていた。私からすれば、本当に、ただ、おいしい焼肉弁当を食べさせてもらっただけ。まあまあな得をした気分になった。

ふいに副社長が、ふざけたように、弁当と一緒にビニール袋に入れられていたチラシを私のデスクに置いた。私は、手元にある弁当に書いてある名前を、チラシの中に探してしまった。

『特上カルビ弁当―2,500円』

6,000円の焼肉弁当は、さすがに社長に却下されたらしかった。

終わり・・・かも、という話

東京都を含む地域に『緊急事態宣言』が出されてから、昭和アットホーム企業も奮闘を続けている。

駐車場を確保して車通勤を、電車通勤の人には時差出勤を推奨して他人との接触の機会を減らし、また出社日を極力減らすことで社員同士の接触の機会も抑えている。

今日も、私が属する課には副社長と蜜さんと私しか出社しなかった。つまり、この記事によく登場している社長・藤森さん・柴田さんがいないのだ。私も週1~2回の出勤となっているし、もうずっと、ぜひ記事にしたいと思うような出来事は起こっていない。スカスカで、しんとしたフロアに、加湿器のトポットポッという音が漂っている。もはやこの場所は、このブログを始めるときに定義した昭和アットホーム企業ではない。

しかし、この静かな場所の過ごしやすいことと言ったら!!!耳を塞ぎたくなる雑音を聞くことがない。突然の笑えない絡みに顔を歪ませる必要もない。昭和アットホーム感の根源は”密”にあったのかもしれない。

ところで、この平成寡黙ブログを始めようと思ったときの私は、この先ももうちょっと長いこと、この昭和アットホーム企業で働いていくつもりだった。…だったのだが、事情が変わり、5月末での退職を決めた。

その理由についてここに記載するのは趣旨が違うので割愛するが、とにかく私は6月以降、もうこの昭和アットホーム企業に来ることはないのだ。そして、本日の話し合いで、私の5月の出勤日は4日間に決まった。つまり、私が自粛前の昭和アットホームな環境に身を置くことは、もう無い。

4月頭から始めて1週間に3回の更新を続けてきたこのブログだが、前回以降、その記録は途絶えた。過去の面白かった出来事も書ききってしまったし、上記の理由で新しい事件も入荷が見込めないのだ。残念ながら、この企画は今回で終了ということになると思う。MVごっこを紹介し切るまでは続けたいと思っていたが、仕方がない。

最後の最後には寡黙OLを突き破って、色々突っ込んで質問してみるのもアリかなと~思ったりしていたのだが、このご時世なので、退職しても送迎会は執り行われないはずだ。ブログ的には残念だが、気持ち的にはホッとしている。

寡黙OL生活はあと2週間強続くので、もし何かあったときには、また記事にしてみようと思う。

締めの宣伝

もはやここまでか…。とはいえ順当に紹介していこう、業務中は寡黙OLキャラで通している私エモトモエが歌担当として活動している”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこを。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー014『マンネリズム』。退屈なようで実は甘々な恋愛を可愛く歌う王道ポップスだ。動画もなかなか頑張っている。キュンキュンしたいときに聴いてほしい。

肩を回す時はね…(n回目)―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

なんでもいいから喋りたい

アットホームな雰囲気に飲み込まれて疲弊することを防ぐために、勤務中の私は寡黙なキャラクターを貫いている。社長や柴田さん、藤森さんの間では活発に雑談が発生するし、副社長と蜜さんも毎日何かしら仕事に関係のない話をしているが、私はキャラ設定が功を奏し、黙々と画面を見つめている。

しかし、藤森さんも柴田さんも席にいない時、社長は私と話したそうにしているように見える。いつも誰かと喋っていないと寂しいタイプなのかもしれない。

私は昔から肩こりが酷くて、仕事中によく首を回したり、ひねってバキバキいわせたりしている。通路を挟んで斜めに向かい合う形に座っている社長はその様子が気になるらしく、寡黙OLである私の唯一の切り口と判断したようだ。

「エモトさん少し歩いてきたらどう?肩も回した方がいいよ」

午後、私以外に話し相手がいないと、ふいにそう言って笑うようになった。

私は「そうですね」と言う以外に何もうまい切り返しが思い浮かばず、いつもふわふわとしたやり取りになってしまう。それでも社長はちょっと笑いながら続ける。

「肩を回す時はね、腕を伸ばさない方がいいんだよ。こうやって、肘を上げて指先を肩につけてね…」

お手本付きで説明してくれるので、私も真似してゆっくり肩を回す。「そうそう」と、社長はちょっと嬉しそうな顔をする。私もへへっと笑ってみるが、それ以上の発展はなく、その時間はいつもふわっと終わる。

腕を伸ばした状態で肩を回すと、余計に肩に負担がかかってよくないらしい。だから、”元気もりもり”みたいなポーズから指先を肩につけた状態にして、肘をぐるぐると回すようにするのが効果的なのだとか。

私はこの説明を、少なくとも3回は聞いている。それでも毎回、へぇ~というようなリアクションをして、社長のジェスチャーにならって肘をぐるぐるとしてみる。

それを見ている副社長も、いつからか私に「ちょっと休憩して首伸ばせよ~(笑)」などと声を掛けてくるようになった。今や、この二人から私に振られる雑談のほとんどの導入口は、私の肩こりである。その都度、私は肩や首を回し、背伸びをして見せたりする。

もう、こういう人たちって、何を話したかとか関係ないのかもな、と私は思った。今、誰かと何かかしらを喋っているということ、それ自体が楽しくてうれしいんだな、と。

この記事を書いている今日は雨の日だ。副社長がちょっと笑って私に何かを話しかけたのだが、声が小さくて聞き取れなかった。しかし、目星はついている。私は身体を伸ばしながら言った。

「雨の日は身体の痛みが増長されるんだって、整体の人が言ってました」

「そうだな、気圧の関係とかでな。腰痛持ちの人とかは、雨の日はすごく痛いらしいよ」

ほらやっぱり。少し面白くなった私は、”今日は肩こりのことを書こう”と決めたのだ。

締めの宣伝

amazonで2000円くらいで買った猫背矯正サポーターのおかげで酷い肩こりは解消されたので、同じように悩んでいる人は検討してみてほしい。違う商品の宣伝をしてしまったが、今回も”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこ紹介は欠かさない。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー013『整った!』。”整う”という言葉の意味を知らない人は、曲中に説明があるのでとりあえず聞いてほしい。静岡にあるサウナ好きの聖地『サウナしきじ』に行ったとき、帰宅してすぐ勢いで制作した曲だ。

現段階でのヌレセパではコール&レスポンスがある唯一の曲ということもあり、YouTubeにコメントしていただいたように「ライブで聴きたい」歌になっている。いつかサウナでオーディエンスを入れて演りたいので、たくさん聴いて覚えておいてほしい。なんつって。

下の名前で呼ばないで―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

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結局は距離感の好み

私は昭和アットホーム企業で、苗字に”さん”付け、つまり「エモトさん」と呼ばれている。しかし一度、それが覆されそうになったことがある。

”エモト”って他の人の苗字と語感が似ていて紛らわしいなーとか、”モエ”って呼びやすい名前だよねーとか、そういう類の話を柴田さんと藤森さんがしていたのを、「そうですかねー」という調子で流したことがあった。そしてその数日後、事件は起こった。藤森さんがいつものように私に仕事を振るとき、こう言ったのだ。

「モエちゃん、これよろしく」

あーーーやっぱりかーーー。これが最初の気持ちだった。そっかーちょっと匂わせてたもんね。モエちゃんって呼びたかったんだねー。

そしてもれなく不快感も訪れた。呼び方なんてどうでもいいことなのかもしれないが、なぜか私は許容できないのだ。

そういえば高校生のときも、こんなことがあった。

私が通った高校は一部の授業が選択制で、私は自由選択科目の一枠に「映像メディア表現」という講座を選んでいた。当時は自分が20歳をこえてからオリジナルMVを取りまくることなど知る由もなく、ただ面白そうだったからという理由で取ったものだった。

特殊な科目ということもあり、その授業は外部の講師を招いて進められた。そしてその授業を受ける生徒は、内容の性質のせいか演劇部の女子部員が大半を占めていた。

演劇部同士は趣味も合うのか大変仲が良く、そしてノリもよく、20代前半の男性講師にも積極的に絡んでいて、講師もまんざらでもない様子でふざけ合っていた。私は講師のパーカーの柄にツッコミを入れるようなハイテンションな生徒ではなかったため、そのやり取りを遠目に見ながら、いたって真面目に授業を受けていた。

講座の内容はMVを作ったり、ショートムービーや映画を撮ったりと大変面白く、半年かそれ以上は平和に授業が進められていったのだが、ある日突然、私はその授業に出ることが難しくなる。

その日の授業が始まる際の点呼で、講師が生徒全員を下の名前で呼び捨てにしたのだ。当然私は、「モエ!」と呼ばれた。

それまではもちろん“エモトさん”という生徒として授業を受けていたのに、突然のことだった。大ショックを受けた私とは裏腹に、演劇部の生徒たちはそれを受け入れ、講師の事も名前で呼ぶようになっていたと思う。私もしばらくは空気に慣れようと頑張って出席してみたものの耐えられず、つい一度授業をすっぽかすと、その後は二度と出席できなくなった。

「名前で呼ぶのはやめてください」

あの時そう言えていたら、自分が大きなマイクを担いで音声を収録した、そして自分自身もちょっとだけ出演したあの映画の完成を最後まで見届けられたのかなぁ。月一でMVの出演・収録・編集をこなすようになった今、時々思い出してしまう過去だ。

そして、18歳で得たこの経験を教訓とし、23歳になった私は、冒頭の藤森さんに対して咄嗟にこう返した。

「エモトでお願いします」

それ以来、藤森さんから”モエちゃん”と呼ばれることはなくなった。私はたぶん、一度失敗しないと思う通りには振る舞えない人間だ。あの時の後悔が、現在の私を救ったのだ。当時の私には、”ありがとう、無駄にはしないから大丈夫だよ”と伝えたい。

ところで、昭和アットホーム企業の別の課に30代の男性がいて、時々こちらの課に用事があると、ニコニコしながら「モエちゃんおはよう~♪」と声を掛けてくる。雨すごいねぇ~とか、マスク足りてる~?とか、そういう世間話が続くので、こちらも一言二言応じると、「じゃあね~」と去っていく。私はなぜかこの人に対して「エモトでお願いします」という気持ちにはならない。

結局私は、呼び方がどうとかより、こちらの意思に反して距離を詰められるのが苦しいらしい。呼び捨てにされたり、少しばかり馴れ馴れしい態度を取られたりしても、実際の関わり方が許容範囲内であれば何とも思わないのだ。

そしてその許容範囲は、相手の性質によるところも大きい。度重なる差別的発言や飲み会での様子を見たせいで、私は藤森さんと仲良くなることを決して望むことはできないのだ。だから、仲良くなりたいという気持ちが見え見えの”モエちゃん”呼びに拒絶反応が出たのだと思う。逆に、別の課の男性については、モエちゃんと呼ばれはするが、害のない会話をほんの少ししただけでニコニコと去っていく態度にはむしろ好感を持っているので、不快な気持ちになることはない。

本当だったら、全員平等に”エモトさん”と呼んでもらって、不公平感を消し去りたいところだが、その人にはもう気付かないうちから”モエちゃん”と呼ばれていたので、タイミングを失ってしまった。藤森さんが、どうして俺はだめなの?なんて思っていないことを願う。

締めの宣伝

この記事を読んだりTwitterを見たりしてくれている皆さんには、下の名前で呼ばれたい。そんな私が歌担当として活動する”めおとロックバンド”ヌレセパ(さすがにもう覚えた?)のMVごっこを宣伝する時間だ。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー012『いいじゃん』。サビのメロディーがキャッチーで、ヌレセパの口ずさみたい曲上位に入るナンバーだ。タイトル通り肯定的であっけらかんとしたポップな曲になっている。なにか励ましが必要な時にぜひ聴いてほしい。

なんつってコミニュケーションー平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

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参考にしたい柴田さんの性格

柴田さんは私と同じ派遣社員という立場でありながら、昭和アットホーム企業の社員たちと非常に仲が良いように見える。

歳がそんなに違わなかったり、同じくらいの子供がいたりと、そもそも前提条件が違うこともあるのだろうが、とにかく明るくて、よく喋るのだ。

私はある時、この柴田さんには、口癖があることに気が付いた。

「えーなんで!?うふ、なんでとか言っちゃった(笑)」

「まー◯◯ですけどね、なんつって!」

テンポ良く交わされる言葉のキャッチボールの節に、こういう自分が投げたものをあとから弁解する言葉が入ることが多いのだ。

なるほど、と思わずにはいられなかった。

私が誰かと喋るときの話をすると、例えば仲の良い友達や長く一緒に暮らした家族に対してであれば、ちょっとの失敗くらい許してもらえるかな、という甘えを持つことができて、思いついた言葉をポンと投げてみることができている。

しかし、職場の人との会話となると、自分の言葉を肯定的に受け止めてもらえるだとか、おおめに見てもらえるだとか、そういう自信を持つことはできない。

そんなわけで、何かひとつでも危うい会話をしてしまったら、嫌われたり変な奴だと思われたりして、今後の毎日に支障が出るのではないか…という恐れを抱えながらコミュニケーションを取ることになるのだ。特にこの昭和アットホーム企業では社員間の伝達網が蜜なので、この不安は他の例と比べて何倍にもなっていると感じる。

そんな中で自分の納得できる台詞を思いつかないまま言葉を発することは、とても大きなストレスとなる。以上のような理由で、私はハイテンポな会話にはできるだけ加わりたくないのだ。

ここで柴田さんの口癖について考えてみる。「なんつって」は、Weblio辞書に「冗談で言ってみたことを後から弁解する語」とあるように、「今のは冗談ですよ~」だとか、「あんまり深く考えてないですよ~」だとか、そういう合図になる言葉―つまり”テキトーです宣言”だ。そしてテキトーに発信された文言について、あえて深く追求する人は少ないのではないだろうか。

口にする前に推敲を重ねて当たり障りのない文章を紡ぐのが私の他人とのコミュニケーション方法だが、「なんつって」はすでに自分が発してしまった言葉について、相手の受け取り方をコントロールする魔法の言葉のように思う。うまく使えば、ストレスを軽くする役目を果たしてくれそうだ。

しかし、「なんつって」の使い手になるには、柴田さんのようにカラッとした明るい性質を持たなければいけないような気がする。昭和アットホーム企業内では寡黙キャラで通している私が突然「なんつって」などと言おうものなら、どんな顔をされるか考えただけでも恐ろしい。

だけども人生は長い、私はまだ23歳だ。今後も様々なコミュニティの中に身を置くことがあるのだろう。いつか、その中のどこかで「なんつって」の使い手としての自分を登場させてみてもいいかもしれない、と今は考えている。

寡黙OLは想像する。今よりももっと唇の堤防を低くして、今よりももっと明るい顔で、今よりももっと高い声で、テキトーなキャッチボールを難なくこなす”似非アットホーム人間”になった自分を。

…うーん、ちょっと違うかな。。。

締めの宣伝

昭和アットホーム企業は緊急事態宣言を受けてローテーション勤務になり、私も勤務日数が減っているので若干このブログの存続を危ぶむ今日この頃。しかし私が歌担当として活動する”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこ紹介はいくらでもできるのだ!

さて、今回紹介するのは㎹ごっこナンバー011『二つの月』。綺麗な月を見つめながら片思いの相手に恋心を打ち明けようと決意するピュアな一曲だ。外出自粛の今、夜には皆それぞれの月を見つめていることだろうと思う。同じ月を一緒に見られる日が少しでも早く訪れることを願う。

法被で踊るお正月―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

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直視できない三・三・七拍子

昭和アットホーム企業の新年初営業日には、たくさんの人が挨拶に来た。取引先ごとに、「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」を言いに来る。そうすると、運転手以外の一人一人にグラスに注がれた樽酒が振る舞われるので、彼らはそれを飲み干すのだ。もし、挨拶に行った先々で同じようにお酒を飲まされるのなら、本当に大変なことだと思う。

「どうも、ああいや、ありがとうございます、近頃は~」なんてフランクに雑談をして帰っていくところもあれば、「では、ご挨拶を」と、白い紙を広げて校長先生のように読み上げるところもあった。

「では、ウチの若いのが…」

「やらせていただきますッ!」

それがどういう風に始まったのか、よく覚えていない。確かこんな風に、私よりもいくつか年上に見える男の人が大きな声で宣言したと思う。

彼は首からホイッスルを下げ、青い法被を羽織り、両手に扇子を持っていた。そして大きく息を吸ったかと思うと、こう叫んだのだ。

「三・三・七拍~~~子!!!!!」

私は中学校の運動会の応援団を思い出していた。もっと声を張れ!としごかれて限りを尽くしたような、そんな声が、昭和アットホーム企業の狭いフロアに響いて、私は息苦しくなった。

副題の通り、私はなぜかそれを直視できなかったので、どんな風に動いていたのか具体的には説明できない。ただ、耳にはホイッスルの音と、ザバッ、ザバッ、という法被が張ったり緩んだりする音が流れ込んできていた。

ピッピッピッ ピッピッピッ ピッピッピッピッ ピッピッピッ

両手に持った扇子が視界の端でチラチラと動く。腰を低くして、手首まで使って、その男の人は全力で踊っているのだった。

ピーーーーーーーーーーーッ

「ありがとうございましたーッ!」

パチパチと拍手が起こる。周りに合わせて私も自分の手のひらをたたいた。踊らせていただいたことにありがとうと言っているのか。

「ええもん見せてもらったわ~」

関西訛りの伊東さんが言った。人を楽しませたい人=彼と、それを楽しみたい人=その他 という構図ということか。これを見て、私以外は楽しいとか面白いとかいう気持ちになって、”ええもん”を見たという感想になるのか。

もしもあの男の人が、人を楽しませるのが大好きで、喜んで踊っているのだったら素敵なことだが、「ウチの若いのが」という言葉が引っかかってどうもうまく飲み込めない。新人がやる決まりだから、取引先のおじさん達を楽しませないといけないから、そんな理由でやらされているのだとしたら、やり切れない気持ちになる。

彼が踊っているとき、私の心は”嫌なのに踊らされている人“の心になっていて、早く終われ早く終われと唱えていたのだ。こんなものになんの意味があるのか。誰も見るな、早く終われと。

結局、伊東さんが「ええもん見させてもらったわ~」と言ったくらいで、その踊りについては終了した。”お正月に踊りに来る会社”と私たちに印象付けるのが目的だったのだろうか。営業って大変だな。私には絶対にできない。

私はなんとなく、あの男の人が、帰って美味しいご飯を食べて、ぐっすり眠れたらいいなと思った。

本物の鏡開き

覚えているだろうか、前回の記事の冒頭で説明した大きな鏡餅のことを。あれは、次々注がれて空になっていく樽酒の隣に、ただただ佇んでいた。

そしてお正月から数日経った頃のこと。

「お餅あるから、持って帰ってね。打ちたてだから柔らかくて美味しいよ」

馴染みのないシチュエーションだったので、本当に”打ちたて”と言ったかは定かではない。餅屋が来て、あの大きな鏡餅を”打っ”て、柔らかくして四角く切りそろえてくれたらしい。私が初めて経験した本物の鏡開きだった。

そのままでも食べられる柔らかさだと聞いたので、家に帰って醤油をつけて食べてみたら、あんみつなどに入っている求肥のような食感で、すごく美味しかった。10切れくらいが入ったパックでいただいたのだが、焼いても汁物に入れてもふわふわでとても美味しく、すぐに無くなってしまった。

締めの宣伝

『平成寡黙OL@昭和アットホーム企業』も10記事目を迎え、締めの宣伝の導入部分のバリエーションに悩む今日この頃だ。今回も私が歌担当として活動する”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこをもっちり紹介しようと思う(もうよく分からなくなってきている)。

さて、今回紹介するのは㎹ごっこナンバー010『そんな気分じゃないのに』。ずんちゃっずんちゃっという軽やかなリズムに乗せて、なんとなく”あーあ”みたいな気持ちを独り言のように歌う曲だ。

何か強いメッセージを持って引っ張り上げるでもなく、没頭できるような世界観に誘い込むでもなく、ちょっと疲れたときに両手で抱くクッションのような、素朴でちょっと暖かい歌だと思っている。

朝から日本酒、お正月の出来事―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

とにかくお酒が大好きなのかも

長時間の納会が飾った2019年の仕事納めだったが、昭和アットホーム企業は仕事初めもすごかった。

年末の最終営業日から、フロアの真ん中にあるデスクを空け、その上に酒屋で注文した樽酒と、餅屋で注文した鏡餅が飾られた。よくある壁掛け時計くらいの直径がある大きな本物の鏡餅を、私はここで初めて見た。もちろん、大きな樽に入った樽酒も。記事に書こうとしている今初めて検索して分かったが、あれは4斗と呼ばれる72L入りのものだったようだ。大人の膝くらいの高さがある大きな樽だった。

そんなに大量のお酒をどうするかと言うと、年末年始休暇の間はその場に放置しておいて、年明けに自分たちや挨拶回りに来た取引先の方たちでグイグイと飲むのである。

まず新年初日の朝、小さなグラスに入ったそれが、派遣社員の私を含む全員に配られた。年末の納会は昼間からだったが、新年は朝っぱらから日本酒だ。樽についている蛇口から、蜜さんがグラスにほんの少しずつ分けてくれたのだが、私はご機嫌の伊東さんに、並々入ったグラスを手渡されてしまった。すると、意外にも社長がそばに来て、小さな声でこう言ったのだ。

「無理しないで、最初に1回口をつけるだけでいいからね」

正直言って、朝からこの量の日本酒を摂取したくはなかった。そんな私に、社長は”形式だけでも合わせてくれたらいい”と言ってくれたのだ。

そして乾杯がされたあと、実際に一度だけ口をつけた私を見届けた社長は、伊東さんの目を盗んで、私の持つグラスと空のグラスをサッと交換してくれた。まだ並々入ったグラスは、死角になる場所に隠された。

「おっ、飲んだか!大したもんだな~」

伊東さんが、私の手元に空のグラスがあることを確認して満足げな声を上げた。その後、「すぐまた注がれちゃうから(笑)」と、社長は空のグラスをも回収して行った。

そういえば、社長は年末の納会でもそんなに酔っ払った様子は無かったな、と思い出す。お酒の飲み方や扱い方はきっと上手なのだろう。意外にも(と言うと角が立つが)紳士的なフォローが入り、私は初めての樽酒を味見したのみで、ほぼ通常通りに2020年の仕事を始められたのだ。

ちなみに、樽酒とは酒を樽に入れることで木の香りを移し、その独特の風味を楽しむものだそうだ。社長は年末の準備の時から「これあんまり美味しくないんだよね~」とぼやいていた。そう言いながらも、縁起物だからと近所の酒屋に毎年注文し、「あんまり美味しくないね」と言い合いながら楽しむのが昭和アットホーム企業だ。

この樽酒は、挨拶回りに訪れた取引先の方々にも振る舞われた。「えーちょっとだけ?ちょっとなの?」と言いながらグラスに並々注がれる人もいた。ここへ営業に来る人達は、お酒に強くないといけないようだ。

締めの宣伝

お正月の記事は次回に続くが、ここでいったん休憩としよう。寡黙OLこと私エモトモエが、”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこを続々と紹介する時間だ。MVごっこナンバー1から順に紹介しているので、平成寡黙OL@昭和アットホーム企業の記事が何記事目になったかが一目瞭然である。

さて、今回紹介するのは㎹ごっこナンバー009『緑のマーチ』。”尋ねられたならいつでも 「幸せ!」って言えるように”という前向きで爽やかな一曲だ。スピード感のあるスカッとした曲調は、暖かくなってくるこれからの季節にピッタリ。窓を開けて部屋の換気をしながら聴いてほしい。

女の子だから○○―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

気になる”女性”の扱い方

前回の記事の舞台となった年末の納会で、途中参加した取引先の木下さんという方が、柴田さんを連れて二人で会場を去った。そして、数十分後に帰還した二人の手にはおつまみやお酒が入ったビニール袋の他に、ツルツルとした小さな紙袋がいくつかぶら下げられていた。

可愛らしい色合いのその紙袋が木下さんから手渡されるのは、私を含む女性6人だった。

「女の子に、お土産だよ」

ほろ酔いの木下さんが私のところにも来て紙袋を差し出す。「ありがとうございます」と受け取ったそれには、ジュエリーボックスのような箱が入っていて、中身はちょっと良いチョコレート菓子のようだった。木下さんと私はその時点でほぼ初対面だった。

女だからという理由でお菓子をもらう。取引先からもらったちょっと良いオリーブオイルやお米をもらう。女の子は2つ食べていいよ。女の子は先に選んでいいよ。

昭和アットホーム企業にはそういうことがとても多い。そして木下さん含む周りの企業にもそういう風潮があるのだろう。私はその理由が分からない。女性がちょっとお得になるレディースデーみたいなものかとも思うが、それは集客手段で、やる側にもメリットがある。ではどうして?

どうぞと言われればもらえるものはもらい、選べるものは選ぶ。でも、私が男だったら、こんなに美味しいお菓子をもらえないのかぁ。リッチなオリーブオイルのお裾分けはないのかぁ。好きな種類選べないのかぁ。別になんてことない些細な違いだが、「女の子だから」と前置きされると、なんともモヤモヤした気持ちになるのだ。

また別の話だが、昭和アットホーム企業本社のフロアには大きなシュレッダーがある。70Lのごみ袋がセットされていて、満杯になるとそれを1階のゴミ捨て場まで階段を使って持って行く。私も何度かゴミ袋が満杯になる瞬間に出くわしたことがるが、取り出した袋の口を結んでいると、だいたい男性から声が掛かるのだ。

「それ持ってかないで、女の子はいいんだよ。僕が持って降りるから、置いておいてよ」

寡黙OLにとっては親切を断るのも面倒なので、それはどうも、ありがとうございます、とお願いするが、中身は紙なのだから大した重さもなく、健康な23歳が怪我をするはずもない。一体どういう気持ちで申し出てくれているんだろう。もしかしたら本人も分かっていないのかもしれない。

女だからとか男だからとか、そういう風に何かを分けることにどんなメリットを感じているんだろう。いつか社長が言っていた、「男が男に貢ぐなんてさ、女の子にならわかるけど」という言葉を思い出す。女の子に何かしてあげる男の自分、という構図が好きなのだろうか。だとしたら、そんな自己満足のために私の”女”という性別を利用されるのはちょっと良い気がしない。

でも、木下さんがくれたチョコレート菓子は、素直に美味しかったな。

締めの宣伝

実はまだ、もらったオリーブオイルを開封もできていない。そんな私エモトモエが歌担当として活動する”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこを、今回も遠慮なく宣伝させていただこう。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー007『空っぽの』。幸福感あふれる優しい恋愛をつぶやくように歌うアコースティックな一曲だ。静かでスローな曲だから、ちょっとしたブレークタイムや、夜の就寝前に聴いてもいいかもしれない。

都市伝説的飲み会―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

長い長い納会

「ウチ、年末は3階で食べ物とか用意して納会やるんだけど、エモトさんもどう?」

2019年の12月、”ピザ”やら”寿司”やら浮かれた単語がよく聞こえてくるなと思っていたころ、藤森さんからそう言われた。

昭和アットホーム企業の3階は広めの会議スペースになっている。あそこで軽いオードブル的なものが振舞われるのだろうと予測し、「せっかくなので」と回答した。

私が元いた寡黙IT企業でも、年末の最終営業日にはフロアの端の会議スペースでオードブルと缶ビールやチューハイ等がスタンディング形式で振る舞われる納会があり、その日の終業後はいつもの静かな職場とは違ってデパ地下のようにザワザワとしていた。とは言え、特定のプロジェクトに属していたわけでもなく、ぜひ話したいと思う人もいない私は、参加せずに定時で退社していたのだが。

さて、片や昭和アットホーム企業の納会、本社勤務の全員が3階に召集されたのは、なんとお昼の13時。真っ昼間中の真っ昼間だ。そして、長方形に並べられた長机を囲む形で、適当なところに着席させられる。机に並べられていた飲み物は缶ビールやチューハイとウーロン茶、食べ物はピザ3枚、5人前くらいの寿司桶が3つ、ケンタッキーのチキンが20個だったか。

社長が喋り、続けて偉い人が数人喋り、嘘みたいに明るい中で賑やかに乾杯の音頭がとられた。こういう場ではさすがに寡黙なままではいられまいと、私も出来るだけ害のない話題を絞り出しつつ会話に参加し、それなりに楽しく時間は流れていった。ここでも「エモトさんの旦那さんって」という質問を多く受けたので、夫の存在に感謝しながら。

紙コップの中の酒がなくなると、どこからともなく「次どれにする?」と声が掛かったのは、雑談という名の事前調査で、私がお酒に強いことが知られていたからかもしれない。そして私以外の皆もとてもよく飲むしよく食べる。声量も寡黙IT企業の納会の比じゃないし、親戚が久々に集まった!くらいの活気があった。

自然発生的な席替えが盛んで、他の課の女性が座っていた私の隣にはいつの間にか伊東さんが座っていて、楽しそうにお酒を勧めてくれたり、誰かが私を手招いて、家で飼っている猫の写真を見せてくれたりと、その光景はアットホームそのものだった。

机の上のお酒やおつまみも少なくなってきて”そろそろ終わりかな?”と思うと、藤森さんが「僕買ってきますよ!」と言って消え、そこそこの量のお酒やおつまみと共に戻ってくる。どこからかお歳暮なんかでいただいたという日本酒まで出てきた。この会は終わらないのではないかと思った。

結局、納会は人数が減りつつも20時過ぎまで続いた。7時間にも亘って酒を飲み続けたおじ様たちは相当へべれけになっていて、藤森さんなどは別のフロアのチェアに座って熟睡していた。やっと解散となった時、私はサラッと帰宅させていただいたが、年明けに聞いた話では、帰り際に酔った藤森さんが暴れてセコムが出動してきたらしい。柴田さんと他の課の女性が二人で介抱したらしく、そそくさと帰ったことを申し訳なく思ったが、その場に居合わせたら最悪な気持ちになっただろう。

昭和アットホーム企業の飲み会は、とことん飲んでとことん楽しんでやるという意気込みがほとばしる戦場のようだった。会話に参加する努力をし、色んな種類のお酒もいただいて、それなりに楽しみはしたが、結論としては私の好みではなかった。”何が何だかもう分からないけど、楽しいね!”という気持ちを共有して嬉しいのは、私にとって心を開いた家族やあ友人だけだからだ。ある程度の知人までなら、それなりに節度のある時間を過ごさないと、私は疲れてしまうのだと初めて気が付いた。今回は、良い勉強になったと思う。

そして迎えた2020年の仕事初めの日、驚くべき言葉を聞いた。

「今日も夕方、3階で食べ物とお酒出すんだけど、どうする?」

さすがアットホーム企業だ。年末年始を挟んだとはいえ、2営業日連続で飲み会なんて。勉強は一度でいいと思った私は、「予定があるので」と帰宅した。

これがよく聞くあれか

ところで納会中の藤森さんについて、隣に座った時に椅子をずらして寄って来ることや、席を外したときに廊下ですれ違うと、少しの会話のあと、ハイタッチでもなく、なぜか「ここにエモトさんの手を重ねてよ」と言わんばかりにそっと手のひらを向けてくるのが気になった(これに対しては意図的に苦笑を浮かべながら首をかしげてスルーした)。

また藤森さんは、年明けに開催された、取引先の方たちも招いた新年会で、手相を見ると言って営業の女性の手を離さなかったらしい。社長は「ひどいよな~」と、それを激写した画像を面白そうに見せてくれた。参加していた女性陣も「あれはかわいそうだったよ~」と言っていた。だったら止めたらいいのに。引き剥がしたらいいのに。

その営業さんがどんな態度で応じたのかは知らないが、結局ひどいとか可哀想とか言いながらもみんなその場では容認しているのだ。前職の寡黙IT企業の歓送迎会などは何度か参加したが、それはそれは穏やかな飲み会だったので、こういう問題は都市伝説だと他人事のように思っていたのに、今こうして間近に感じることになった。

しかし、昭和アットホーム企業はこれを含めて昭和アットホーム企業なのだろう、私一人ではどうしようもないことでもある。もしその営業さんが嫌な気持ちになっていたらどうしよう、などと考えても、私は彼女の名前も知らないのだ。そんな中であえて「それをされて嬉しい人っているんでしょうか?」なんて質問を投げかけて波風を立てるというのは、寡黙OLにはリスクが高い。結局私もこうして容認の空気に加担しているのだ。ごめんなさい。

もし私がその新年会に参加していたら、その営業さんの隣に割り込んでいけただろうか。嫌がっているかどうか目で見て分かっただろうか。必要であればその手を本人に代わって引っ込めることができただろうか。どのように振る舞えば収まりよく被害女性から酔っ払いを引き剥がせるのだろうか。いや、収まりよくなんて考えること自体が間違っているのではないか。この妄想は今後の自分を変えていくはずだと思う。少なくとも今は、そういうことが出来る自分になりたいと思っている。

しかし、結局は事なかれ主義の寡黙OLである私の、今後昭和アットホーム企業の酒の席に参加する意思は、年末年始を経て砂粒ほどの誤差もない綺麗なゼロとなった。

締めの宣伝

何か月も会えていない高校時代の友達と集まりたいのに、コロナウイルスによる外出自粛のおかげで目途が立たず悲しみに暮れている。そんな私エモトモエが歌担当として活動する”めおとロックバンド”ヌレセパのMVごっこだが、古い順に宣伝していたら早くも2ndアルバム『ちゃんとついてきて』の収録曲に突入した。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー007『普通の一日、半端なエンド』。”労働は19時まで 夕食を買って帰宅”と歌い出すこの曲では、平凡な毎日を単調に過ごしていく、何とも言えない気持ちを、サンバチックな楽曲に乗せてリズミカルに歌っている。動画は、夫であるヒロと揃っての海外旅行デビューとなった、韓国旅行中に撮影したものだ。

息子の趣味が乙女で―平成寡黙OL@昭和アットホーム企業

平成生まれの寡黙OLが昭和アットホーム企業で働く

男なのに可愛いものが好きだなんて

「最近、次男の趣味が乙女っぽくなってきてるんです」

蜜さんが副社長にそんな話を投げかけた。周りには、私と、副社長と、社長しかいない時だった。

「自分で選ばせると、淡い色使いのものとか、ふわふわしたものを選ぶんです」

蜜さんは困ったような声色で続ける。どうして、何に困っているんだろうと思いつつ、基本的に話を振られない限り雑談に参加しない寡黙OLは黙ってPC画面を見つめる。

「それはちょっと…危険だね。注意して見ておかないと」

私はここで初めて気が付いた。この人たちにとって、男が可愛いものを好きであるという状態は、矯正すべき悪なのだと。会話に加わった社長が続いて言う。

「そのうち男が好きとか言い出しかねないぞ」

副社長も蜜さんも、その言葉を受け入れて神妙な顔をしている。やはりここでもそれが出てくるのか。昭和アットホーム企業における深刻な問題だ。と思っているのは、きっとただの派遣社員である私だけなのだが。

「やっぱりそうですよね。だから、私から与えるものは黒とかカッコいいものにしてみてるんですけど…」

そうなるか。それによって正しい道に誘導しているような感覚なのか。出来の悪い教材Aを好んで学習に励んでいる人に、「あなたにはこっちの方が合うんじゃない?」と優秀な教授が作った教材Bを提供するような、そんな感覚、おそらく善意。しかしそれは愛すべき息子の個性や趣味を否定することになるのではないか。私は突然不安になる。

「ねぇ、エモトさんどう思う?可愛いものが好きな男の子って」

この時ばかりは、”来た!”と思った。初めて自分に話が振られるのを待っていたような気がする。

「全然気になりません、別に普通だと思います」

私は勝手な使命感に燃えていた。蜜さんにこう言えるのはその場で私ただ一人だった。出来れば職場の人間関係に食い込みたくはないが、蜜さんの息子である思春期の男の子が、好きなものを好きと言えずに暮らしていくことを考えると何故か胸が詰まるのだ。

蜜さんには夫がいないから、その男の子の”親”は蜜さん一人だ。蜜さん一人の考え方が、その子の人生を変えてしまう。その蜜さんが、昭和アットホーム企業の空気に浸されて、ありもしない”危険”に怯えるなんてあんまりだ。彼は令和を生きていくのだ。

「高校時代の同級生にも可愛いものを身につけている男の子はいたけど、私は何も思いませんでしたし、周りの皆も同じだったと思います。むしろ、その子は同じような趣味の友達と楽しそうに過ごしていたので、羨ましかったですよ」

いつもより多めに紡いだ言葉で私の気持ちが伝わったかどうかは分からないが、「エモトさんがそう言うなら、そうなのかもしれない。ちょっと安心した」と、蜜さんは微笑んだ。

しばし私の心は”可愛いものが好きな男の子”になる。目の前にある淡い色でふわふわしたものを指さして、「これ可愛い!」と声を上げる。「えー、そんな女の子みたいなものやめなよ。こっちの黒くてカッコいいののほうがいいよ」と母が言う。胸が痛んで涙が出そうだ。

「見て、これ可愛い!」「ほんとだ、可愛いね。ほら、こっちもどう!?」そんな心弾む親子の会話が、女の子だけに許されるものであっては寂しいと思う。いや、この会話の”可愛い”に何が当てはまっても、それを言うのが男でも女でも関係ないのだ。肉親に個人の好みを否定されるようなことは出来ればあって欲しくない。

蜜さんはこれからも彼に黒いものを与え続けるのかもしれない。だとしたら、彼の周りに一人でも、彼の趣味を理解してくれる友達がいたらいいなと思う。いったいお前は何様だと言われても、なぜか願わずにはいられない。

母と夫に聞いてみた

蜜さんは40代後半の女性だ。”息子の趣味が乙女チックだ。ゲイかもしれない。どうにかしなきゃ”という感覚は、世代によるものなのか?という疑問を少しでも晴らすべく、52歳になる私の母に聞いてみた。

「お母さんは、同性愛についてどう思う?」

「差別したりはしないね。例えばモエが男として生きたいって言っても、受け入れようと思ってたよ」

あれ…私は母に、”この子は男として生きるかもしれない”という予感を抱かせたことがあったのか…?まあ、こんな私の母だから、おおかた”もしこうなったら…”という想像上でのことだろうとは思うが。

何はともあれ、蜜さんより年上の女性である母は性別に対して、昭和アットホーム企業のような差別的な感覚は無いのだ。こういうものは年齢や世代ではないということだ。やはり、環境だろうか。機会があれば、私の祖父母にも聞いてみたいところだ。

そして、件の会話があった夜、夫であるヒロに「こんな話があった。なんかモヤモヤする」と、とりとめもなく話してみると、彼はこう言った。

「放っておいたらいいのに。親が制限なんてしたら、反動がついて余計に趣味が偏りそうだけどね」

私の周りには、私と同系の考え方をする人間が集まっている。とても幸福で穏やかでありがたいことだと思う。

そして昭和アットホーム企業には、そうでない人たちが集まっている。彼らも私のような人間が飛び込んで来なければ穏やかで楽しいのだろう。

私がちょっと多めに喋ったところで、昭和アットホーム企業のLGBT差別的な風潮は消えない。蜜さんを”ちょっと安心”させただけで、私の出番は終わった。その日以来、息子さんの趣味の話は聞いていない。

締めの宣伝

私、幼少期は男勝りで活発なタイプだったエモトモエ。今回も私が歌担当として活動する”めおとロックバンド”ヌレセパの曲を懲りずに紹介させていただこう。

今回紹介するのは㎹ごっこナンバー006『インドア派』。外出たくない!家が一番!という気持ちをポジティブに歌うロックな1曲だ。外出自粛を叫ばれる今、自室で心置きなく聴いてほしい。ちなみに、この曲はJOYSOUNDでカラオケ配信中だ。今は家で聴き込んで、コロナ騒動収束の後には是非カラオケで歌ってほしい。